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2004.02.12

ココログに思い出す「NIFTY-Serve」

blog界全体のことはよく知らないが、この「ココログ」に関しては、何かしら独特の空気があるような気がしてきた。それがなんなのか、単にニフティが始めたカジュアルなblogサービスだったから、と漠然と思ってきたが、どうもそれだけではないようだ。

それは、個人個人のページでありながら、リンクやトラックバックによってつながる、当たり前のようでちょっと新鮮な構成。それは、今までの個人ホームページとは違って、「リンクやトラックバックということをするモノ」という前提によって、何も知らない人でも、その行為を受け入れ、ココログというコミュニティのもとに根を張っていく。これによって、無意識のうちに、一方通行でないコミュニケーションが生まれていく。

もちろん、同じようなものはココログ以前からあったが、ココログはもっと穏やかで、形成されるべくして形成されたコミュニティであるようだ。ついで言えば、「同じようなもの」を行ってきた先人が手本として振るまい、ココログがコミュニティとして動き出すための足がかりになったのは言うまでもない。

さて、前置きが長くなったが、結論から言うと「昔のニフティっぽい」と言うこと。フォーラムより気軽な印象を受けるあたり、「CBシミュレータ」を連想した。もちろん、チャンネルは2だ。って、この話をして「あー、なるほど、なつかしいな」なんて思える人はどのくらいいるのやら。

根拠は、こうだ。基本的に個人が個人とその仲間をターゲットとしていた今までのいわゆる「ホームページ」では、来訪者はやはり来訪者であって、掲示板やチャットルームがあっても、どうしても参加しづらい空気や、見知らぬ人を受け入れがたい警戒心があった。だが、対象はどうあれ、ココログトップの更新情報やRSSで「より多くの人に露出する」ことや、無意識のうちに受け入れた「リンクやトラックバックということをするモノ」であることによって、「誰でもない誰かとのコミュニケーション」をとるように、また、とりやすくなった。ココログという名で、「緩く閉じられた」コミュニティであることが適度な仲間意識が生まれ、そのコミュニケーションをしやすくもしているように感じる。

パソコン通信からインターネットへの変化によって、あらゆる情報がどこからどこへでも参照できる可能性を持っていながら、個人ベースでは、双方向のコミュニケーションから、一方通行の受け手・送り手という関係が強くなってしまったようで、パソコン通信の魅力であり特徴であった「井戸端会議志向」が希薄になってしまった。余談だが、そこで登場したのが「2ちゃんねる」で、匿名性よりも「誰でもない誰か」を相手に出来ることがあそこまで大きくしたのではないかと思う。

結局の所、個人の送り手によるページでありながら「井戸端会議志向」の特徴を持った「ココログ」は、インターネット的でありながら、かつてのNIFTY-Serveであったパソコン通信の雰囲気を、なんとなく、かもし出しているような気がしてならない。

おー、午前いっぱいかけてのんびり書いたおかげで、えらい長ったらしくて偉そうな文章になってしまったな。ようするに、「なんか楽しい」ってことなんだけどね。

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コメント

仕事はどうしたよw 遅く寝たのによく起きてたなぁ。

投稿: E-Lapis | 2004.02.12 16:51

眠気に抗うためにこそこそ書いていたに決まっておろう。
「こっそりエディター」は便利だぞう。
書きためた後、昼休みにアップだ。

投稿: GrayNOTE | 2004.02.12 17:50

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» コミュニケーション [へたれネットワーク屋の日々]
最近@niftyが「ココログ」というblogサービスを始めている。 もう少しカスタマイズの自由度が上がったら(CSSカスタマイズとか楽しいからね)私も使ってみた... [続きを読む]

受信: 2004.02.12 20:38

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